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蔵出し!文书馆 第36回

蔵出し!文书馆
収蔵する贵重な学内资料から
140年に及ぶ东大の歴史の一部をご绍介
 

第36回 枯木に花咲く大学臼

 新型コロナウイルス感染症の影响により、年末に集まっての饼つき大会や初诣での振る舞い酒など、饮食を伴った新年行事が难しくなった昨今ですが、本学では过去のある时期に復兴を愿った特别な饼つきが行われたことをご存じですか。
 时は大正14(1925)年の5月。その2年前に発生した関东大震灾で甚大な被害を负った构内では様々な復旧作业が进められ、その一环として震灾の际に枯れてしまった叁四郎池畔の大きな椋木が伐採されたそうです。切った断面からは469の年轮が确认され、歴史ある树木が処分されることを哀れに思った当时の学生监は、「永く记念として保存し学生のために使用したい」と関係部局等にうったえ、その木から臼と杵をこしらえて「復兴饼」を作ることになりました。
 木の根から上の最も太い部分を切ったところ、自然に桜花の形となったため、その形に添って一つの切り株に大小二つの臼を掘ることになりました。同じ木から3本の杵も作られました。そして、枯れた木から花が咲く愿いを込めて「枯木に花咲く大学臼」と名付けられました。



 この画像は、一つの木に親子の二つの臼ができるように設計された当時の記録です(S0005/26/0118『部局往復 大正十三年 大正十四年』「池ノ端椋ニヨル臼作成並同臼ニヨル餅配布ノ件」)。全周が5m以上、高さが60cm程度で、重量30kg以上の立派な切り株から出来上がった臼はなんと、親臼で5~6升、子臼で2升程度のお餅をつくことができるものでした。
 『帝國大學新聞』(大正14年5月11日付3面)には、杵を持つ3人の写真が掲載されており、大学臼の姿を確認することができます。学生監室では紅白のお餅を作り、由来記とともに学内に配ったと報じられています。 残念ながら大学臼のその後の行方を知ることはできませんが、一日も早くコロナ禍が収束し、再びお祝いの餅つきの音が聞こえることを願ってやみません。

学生の生活の管理?监督を担当していた职员。『东京大学百年史 通史一』参照
 
(助教 元ナミ)
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