现地に出かけ、そこで実感する「违い」がすべての研究の出発点。| UTOKYO VOICES 058


社会科学研究所 教授 宇野重規
现地に出かけ、そこで実感する「违い」がすべての研究の出発点。
大学に入学した时は外交官になりたかった。それが変わったのは、1980年代后半に参加した日米学生会议がきっかけだった。会议でアメリカ人学生はデモクラシーやヒューマンライツなどについて、実に堂々と発表する。それに対して日本人学生は付け焼き刃のような话しかできない。「日本の民主主义についても语れないし、広岛に行っても语る言叶を持っていない。もっと勉强しなければと痛切に思いました」と宇野は振り返る。
指导教官である佐々木毅教授から研究したい思想家を见つけるようにいわれた宇野が选んだのが、アレクシ?ド?トクヴィル。25歳の若者だったトクヴィルは1831年にフランスから新兴の民主主义国家だったアメリカに渡り、9カ月旅をしてデモクラシーに目覚め、『アメリカのデモクラシー』を书いた。そんな経歴だから、同じ年顷だった自分が共感を持って研究できると考えたのだ。
アメリカ人は総じてデモクラシーは素晴らしいというが、トクヴィルは问题点もあると语る。そうした批判的精神も併せ持つトクヴィルは自分の体质に合うと直感し、彼が生まれた町を访ね、研究を続けた。
「トクヴィルはフランスとアメリカ、それぞれの立ち位置の间で物事を考えました。デモクラシーといっても、アメリカとフランスは全く违う。そこに日本を比较対象として入れると面白いし、トクヴィルのフランス批判は日本にも当てはまるところがある。これなら研究できると考え、それが现在に至るまでの研究姿势になりました」
宇野は法学政治学研究科での政治思想史研究の后、千叶大学を経て、社会科学研究所に勤务する。社会科学研究所は労働问题や格差の研究に热心で、宇野の研究も両者を接続させるものとなっていく。
「2005年には、&濒诲辩耻辞;希望学&谤诲辩耻辞;という全所的プロジェクトに加わりました。その中でトクヴィルとの関係を意识しながら、格差が拡大し、人々のつながりが切れていく中で、どうやって新しいつながりを作り出していくかについて研究してきました」
さらに大きな変化は、希望学による岩手県釜石市での调査をきっかけに、地域调査を行うようになったことだ。釜石には现在まで継続的に调査に入っている。政治思想史研究者が地域调査を行うのは意外に思えるが、トクヴィルもアメリカで地方に行き、いろいろな人に会っている。図らずも同じことをやっていたのだ。
「ヨーロッパやアメリカから戻ってくると、すぐ地域に行って调査をします。违いを比较して初めて、自分がいる社会が分かるからです。それがトクヴィルの教えで、それに忠実に、これからも発言していきます」
2017年には、かねてより政治を身近に考えてほしいと愿っていた若者、女子中高生を対象に、対话形式の连続讲义を行った。その中での彼女たちの问题意识と自発性に力を得て、『未来をはじめる―「人と一绪にいること」の政治学』を刊行、大きな话题を呼んだ。
「これから、政治思想史の先达である南原繁や丸山眞男も取り组んだデモクラシーと宗教の问题について、ヨーロッパ、アメリカ、日本、できれば中国まで射程に入れて、体系化していきたいと考えています」
「50代になり、胜负时だ」と考える宇野は地方调査に取り组みながら、今までの体験を普遍的な理论にすることに挑戦しようとしている。
昔は研究内容を逐一カードにしていたが、一时それほどでもなくなっていた。けれども最近改めてカードの良さを実感している。カードを动かしていると、意外な関连性を见出し、いろいろなアイデアが涌く。
古代ギリシャ语でセオリーの语源。古代ギリシャの都市国家で他の都市国家に送った使者を指すという説がある。他のポリスに行ってどこが违っていたか见てくるように、学问も违う场所に出かけて行き、违いに惊くことが出発点となる。

Profile
宇野重规(うの?しげき)
1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、1999年東京大学社会科学研究所助教授、2007年東京大学社会科学研究所准教授、2011年社会科学研究所教授。著書に『デモクラシーを生きるートクヴィルにおける政治の再発見』(創文社、1998年)、『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、2004年)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ、2007年)、『<私>時代のデモクラシー』(岩波新書、2010年)、『民主主義のつくり方』(筑摩選書、2013年)、『保守主義とは何かー反フランス革命から現代日本まで』(中公新書、2016年)、『未来をはじめる―「人と一緒にいること」の政治学』(東京大学出版会、2018年)など。
取材日: 2019年1月10日
取材?文/菊地原 博、撮影/今村拓馬