再生のアカデミズム実践編 第3回:「大槌町復兴支援」


プロジェクトで復兴を支援する再生のアカデミズム実践编 第3回

3.11の東日本大震災、それに伴う原発事故という未曽有の大災害から1年が経ちました。この1年間、東京大学では様々な形で救援?復兴支援を行ってきました。そして、総長メッセージ「生きる。ともに」に表れているよう、先の長い復興に向けて、東大は被災地に寄り添って活動していく覚悟でいます。この連載では、救援?復兴支援室に登録されているプロジェクトの中から、復興に向けて持続的?精力的に展開している活動の様子を順次紹介していきます。
「再生のアカデミズム《実践编》 第3回」は、东京大学学内広报NO.1425 (2012.5.25)に掲載されたものです。
プロジェクト名:
大槌町復兴支援
中井 祐 教授 (東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻)
大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センターがある岩手県大槌町は、町長が、そして多くの役場職員が3.11の津波によって亡くなりました。そのため、震災後は行政機能に過度の負担がかかり、復興への道筋を示すことがきわめて困難な状況が続きました。「大槌町復兴支援プロジェクト」では、多様な専門家によるチームを結成し、そのような状況下にある大槌の町を支援してきました。学生らとともに被災地に寄り添い、被災調査、復興計画立案、その実践まで、幅広い支援を続けてきたのです。そこで、今回はプロジェクトの共同代表者である中井祐教授(工学系研究科社会基盤学専攻)にお話をうかがいました。
【写真1】2011年7月24日、被灾の痕跡いまだ生々しい廃墟のなかに赤提灯の灯がともる。中井教授の景観研究室が中心となって被灾した居酒屋夫妇を助け、デザイナー南云胜志氏の助力と町民の协力のもと、ちいさな屋台広场ができあがった。復兴への希望の灯。
大槌のために何ができるか
広报课 まず、中井先生が大槌町の復兴支援に携わることになったきっかけを教えてください。
中井 震灾后、土木学会震灾调査団の干事长として被灾地调査を行っていた折、岩手県から依頼があり、大槌町に支援専门家として関わることになりました。さらに、国交省都市局が復兴基本计画のための调査を行う际に、大槌担当の技术アドバイザーとして検讨业务に加わることになりました。その后、大槌町の復兴委员会が结成され、委员として参加することになりました。つまり、国、県、町と复数のルートで大槌に関わっていったわけです。
広报课 昨年7月、大槌で屋台居酒屋をつくってメディアにも注目されましたね。
中井 屋台プロジェクトは行政からの依頼ではなく、私の研究室を中心とした东大チームの自主的な活动として行いました(写真参照)。住民の方々が元気になり、希望が持てるような、また、集まって语り合えるような「住民のための场」を作ろうと思ったんです。
【写真2】屋台オープニングの集合写真。水色のエプロンの店主夫妇を囲むように、前方に地元の方々、后方には东大の教员と学生たち。左端が中井教授、右端が洼田准教授(都市工学専攻)、赤提灯の左隣が川添善行讲师(建筑学専攻)。
この屋台プロジェクトを含め、8月くらいまでは、研究室の尾崎信助教、都市工学専攻の洼田亜矢准教授と黒瀬武史助教、国际沿岸海洋研究センターの大竹ニ雄センター长、生产技术研究所の川添善行讲师らと「大槌のために何ができるか」を考えたり、そのための调査をしたりしていました。
大学と行政の接点になるために
中井 「大学の动きと行政の动きを繋げるにはどうすればよいか」ということをずいぶん话し合いました。さきほど言ったように、行政侧からの依頼も多かったので、私は、おのずと「大学と行政の接点」に座らざるを得なかったんですね。なんとか、この2つが连动する形にもっていきたいと考えていました。
広报课 9月に大槌の新町长が选出されて、復兴への流れができましたね。
中井 ええ、新しい町長さんから「地区毎に復興協議会を発足して、毎週住民主体で議論して復興計画をつくりあげたい」と相談されました。「大変な役目だなあ…」と思いつつ、その議論のコーディネーター役をお引き受けして、私や窪田先生(前出) を始め、研究者7人がほぼ隔週ペースで大槌に足を運び、住民の議論をまとめあげていきました。
无私无欲で活动する
広报课 復兴支援活動をするうえで意識していることなど、ありますか?
中井 第一に、「现场(市民?行政)と大学の连动」ですね。いまは、私自身が连动のターミナルのような机能を果たすように意识して动いています。
それから研究者という人种は、ついつい原理原则や机上の一般论をふりかざしがちですが、復兴という非常时の现场ではあまり役にたちません。とくに、私の専门である社会基盘学は现场で考え、判断して、状况を动かしてなんぼの分野ですから、常に现场で感じて议论して、ということを意识しています。自分のなかに筑かれている既存の観念的価値体系を过信せず、虚心坦懐に现场に向き合う。
それからもうひとつ、「无私无欲で活动すること」もとても大切です。ときどき、この際被災地でぜひこのテーマを実現したい、というような言い方をする研究者に会うと、とても強い違和感を覚えます。ようするにこれで研究費もとれるし業績にもなる、というのが本音なのでしょう。被災者や被災地は学者のための研究対象ではありません。研究職にある医師だって、目の前の瀕死の重傷をおった患者を業績の対象として扱えば倫理的に問題でしょう。そもそも無私無欲でなければ住民にも行政にも信頼されませんし。
広报课 大学の研究者だからこそできる復兴支援のかたちもありますよね。
中井 大学人は他の職種に比べて圧倒的に、自由に考え、自由に行動することが保証されています。たとえば私がやっている役割は民間の専門家でも能力的にできる人はいると思います。しかし、民間企業はそれを受注者という立場で仕事として受けてしかも単年度でやらなければならない。あるいは個人としてやりたくとも、収入と肩書きを捨てて会社を辞めないと自由に動けない。いまの社会制度では、専門家が持続的効果的に復兴支援に取り組むことが難しいんです。
今回の震灾のような非常时には、そういう日常时には隠れている「社会の穴」が顕在化して復兴の行く手を阻むわけですね。その穴を埋めるのが、自由に考え动ける大学の専门家の役割なのかもしれません。そんな考え方をしつつ、これからも支援を続けていきたいと思っています。
【写真3】自らも被灾しながら屋台製作のための木材を无偿で提供してくださった地元の製材所に、东大を胜手に代表?して、后日中井教授が手づくりの感谢状を赠る。
「再生のアカデミズム《実践編》」 第3回
構成: 東京大学広報室
掲载: 东京大学学内広报 NO.1425 (2012.5.25)
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